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森を歩けば

 年を取ると若き日のつまらない日常を鮮明に思い出すものです(私だけだったりして・・)。期末考査も近く先生方が必死に進度をかせぐ梅雨明けの7月、感心な青年の例に漏れず、昨晩何時に寝ようと(あるいは寝ていなかろうと)、必ず同じ時刻に朝食をとり身支度します。いつもお友だちだったラジオは昨晩の「パック・イン・ミュージック」のままTBS。障害を得た母の朝食と昼食を急いで用意して、番組の変わり目の定刻に必ず流れる「森を歩けば」を合図に玄関を出ます。朝靄を振り払って昇る太陽の、まばゆいほどの放射を浴びて横高に行くのです。この曲を聴くと、あの明るさと希望感を昨日のことのように思い出します。17歳でしたねえ。

名乗るほどの者ではありません

 小学校4年の時だったと思いますが、幅1間(1.8m)の押し入れの下段の半分は私の漫画本で占められていました。全部が週刊漫画で、その中には「少年キング」の創刊号とか、今持っていれば数万円の値がつくものも含まれていました。今みたいに厚くなく、20ミリ未満だったと思いますが、掲載作品はどれ一つ、どの1ページも軽く読み飛ばせない迫力と内容を持っていました。漢字は「総ルビ」でした。手塚先生が、赤塚先生が、水木先生が生活をかけて「食うため」にお描きなっていました。これらの作品が、今日の私のものの考え方やビジュアルを構成するときの発想などに今も無形の影響を与え続けていることは間違えありません。
 そんなある日、漫画が大好きで自分でも描いてみせてくれた父は「めぐまれない子どもたちにも見せてあげよう」と言い出しました。押し入れの漫画は、ごく最近のものをのぞいて全て荷造りすると、父母と私で運べる量を上回りました。父はタクシーを呼びました。よっぽどの重病でないと当時の庶民はタクシーは使いませんでした。トランクと客席の空いているスペースに漫画雑誌を満載して、一番近い孤児院に運びました。
 全木造平屋建ての映画のセットみたいな絵に描いたような孤児院でした。平日の昼間だったので、子どもたちの姿はありませんでした。あれ?どうして自分は学校じゃなかったんだ?・・・・その日も行けなかったんですね。
 おませだった私は、「参考書とか辞書とか、納税者の皆さんにご理解いただける書物しか買えないので、とてもたすかります。たぶん10年は読み継がれるでしょう。」という施設長の発言も父の後ろで聴いて頷いていました。「せめてお名前を」という施設長に「名乗るほどの者ではありません」と答えた父はかっこよかったです。
いつか私も多額の寄付をしてこの台詞を言ってみたいです。
 もう漫画は卒業だよ、という父からのメッセージに気づいたのは2年後、彼が亡くなってからです。日曜学校に通っているような良家の子女が小学校高学年までに当然読んでいるであろう日本と世界の名作本を、学校図書館の「図書カード」を手がかりに、手当たり次第にむさぼるように読み始めました。当時は、本を既に読んで返却した人の名前がカードに記入されて、書物に取り付けられた小さな封筒に入っていたのです(今はそんなものはありませんが)。学年でも有名なよくできるとされるお友だちが読んだ本を選んで、読み倒しました。総ルビの漫画本を暗記するほど読んでいた私に読めない漢字はありませんでした。小6の私の頭は文学でいっぱいになりました。でも、勉強は全然しませんでしたね。
 
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