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東京オリンピックの前のこと

 武山小学校の正門前は大きな沢が通っていました。こういう地形は土地によってはワサビ田ができるのでしょうが温暖な気候と土質に恵まれ、沢の上流から下流に段々状に大きめの棚田になっていました。もちろん沢としてのそれなりの水量はあり、水は水田を流れ下っていました。で、小学校へはこの沢を一文字にせき止める堤防のような土木工事をして、その上を舗装道路が通り、これが学校に入る唯一の道路、そして学校より北側のすべての住人の生活道路でした。沢の水はその「堤防」の最下部を貫通するただ1本の直径1mほどのヒューム管を通って下っていくので問題はなかったのです。普段の水量では。
 私たちはこの橋のような構築物に欄干(手すり)が全くないのが不思議でした。ふざけあって通れば左右どちらかの2m以上も下の水田に落下してしまうのでしたが、当時の児童たちは大丈夫でした。欄干がない理由は、ある年の梅雨時期に分かりました。あまりの水量にヒューム管1本では排水が追いつかなくなり、上流側の水田がみるみる冠水、冠水どころかダムのようになり、この道路は本当にダムの堰堤のようになってしまいました。
 今は児童・生徒にも危険を告知して学校の判断を促す権利があることは明らかですが、当時はそうではありません。やがて「ダム」は溢れ、「橋」の上を濁流が流れるようになる様を、私たちは教室から息を飲んで見つめました。まあ、下校時には状況は終わり、無事渡れたのでしたが、自然の驚異をほぼ全員が確認しました。あの時の児童たちは今どうしていることだろう。
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